ふログ

ライブに行っては飲んだくれて記憶を飛ばしたポンコツな記録が残っているところ

阪神淡路大震災から20年

1995年の1月17日は月曜日。

 

 

当時学生だった僕は、17日の正午が提出締切の実験レポートをほぼ完徹して書き上げたところだった。コタツで一息ついていたら、遠くからゴォーッという音が聞こえてくる。少し離れたところに空港があったので、
「あれ?こんな時間に飛行機が飛んでるのかな?」
と思った。このアパートに住んで何年にもなるけど、こんな時間に飛行機が飛ぶことは今までなかったので「おかしいな?」と思わないでもなかったけど、そういうこともあるんだろうと大して気にも留めなかった。

そうしてゴロゴロとしている間にもそのゴォーッという音はどんどん近づいてきて
「え?もしかして飛行機が墜落してる?マズい」
とコタツから腰を浮かした瞬間、

ドォーン!

という音。アパート全体が大きく揺れた。あまりの揺れに立てなくて、ベッドにつかまりながら「うわぁ、落ちたんちゃう!?」と外を見ようとしたけど、大きな揺れがずっと続いてて立てない。

 

窓に取り付けていたウィンドファンが宙に舞いベッドの上に落ちる。
パソコンのモニタがラックから落ちてケーブル一本でぶら下がっている。
冷蔵庫のドアが揺れで大きく開いて、中に入っていた一升瓶がゴロゴロ飛び出す。


ここに至ってようやく「これってもしかして地震?」と気づいた。

後のニュースで僕に住んでいた地域は震度6ぐらいで、被害といっても一升瓶が2本ほど割れて一か月ほど台所が日本酒臭くなったぐらい。地震直後に友達のところに電話して「ビックリしたなぁ」と話しながらテレビをつけたけど、テレビでは「大きな地震がありました。火の元にご注意ください」と言ってただけなので、「ふーん」と思って部屋を片付けてた。あんなことになっていると知ったのは朝8時ぐらいに改めてテレビをつけた時だった。実家の安否が気になって電話をかけたけど、その時にはもう電話は輻輳していてつながらなかった。

その日の正午前にレポートを提出したけれど、そのレポートは一週間以上回収されないまま提出ボックスに残っていた。